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ホーム > 暮らしの役立ち情報 > 著名人が語る「私のこだわり空間」 > 家も人も、健康で。 料理研究家 辰巳芳子
著名人が語る「私のこだわり空間」10




料理研究家 辰巳芳子さん

家庭料理の大切さと、本物の日本の食文化を伝える料理研究家の辰巳芳子さん。季節の風や光を感じとる暮らしの中には、現代人が失いつつある「健康な暮らし」の知恵があふれています。
料理研究家 辰巳芳子さん 料理研究家。聖心女子学院卒。母、辰巳浜子さんから料理の手ほどきを受け、基本を大切にしながらも合理的な家庭料理を伝えている。「良い食材を伝える会」「確かな味を造る会」会長。著書に『手しおにかけた私の料理』(婦人の友社)、『旬を味わう』(NHK出版)など多数。1924年生まれ。
満開のミモザの前で助手の矢板靖代さん(左)と。矢板さんは、20年以上も辰巳さんの助手を務める強力な右腕です。
料理研究家の辰巳芳子さんは、テレビの料理番組や『旬を味わう』『ことことふっくら豆料理』などの著書でもおなじみです。鎌倉の山懐に抱かれるように建つご自宅は、辰巳さんのご両親の代から住み継がれているもの。春にはミモザ、山桜、もくれん、紅しだれなどが次々に庭を染めていきます。

その庭からコンクリート3階建ての住まいを見上げると、テラスの外には何枚ものスダレが張りめぐらされています。

「これは葦簾で、1年中こうしてテラスの外側へ掛けています。強い日差しをさえぎることができるし風は通します。陽を入れることばかり考えがちだけど、適度にさえぎって家の中に陰の部分をつくると気持ちが落ち着きますよ。家具や畳を大切にするためにもね」

室内や玄関のドアには、それぞれもう1枚、竹を張った建具が取り付けられているため、家の中を風が通り抜け、夏場でもエアコンなしで過ごせます。

「玄関の外にテーブルを出して、そこで原稿を書くこともありますよ。そういえば母もよく玄関先の廊下で原稿書きをしていたわね(お母様は料理家の草分けとして知られる辰巳浜子さん)」

そのお母様から辰巳さんがゆずり受けたものの1つに、寒の風を材料とする味づくりがあります。大根の切り干し、真冬の椎茸を使った干し椎茸づくり、お鏡の後始末(揚げ餅用に)、魚の風干しなど。冬の冷たく乾いた風の力でさまざまな食べ物の味をよくしてもらう。辰巳さんはこれらの仕事をまとめて「風仕事」と呼び、その季節の風でしかできない美味しさづくりに精を出します。
南に面した2階のベランダには、特注の葦簾(よしず)を張りめぐらす。冷たく乾いた風を利用して干し椎茸や大根の切り干しを作ります。

左からリビングの引き戸、玄関扉、玄関ホールの窓、それぞれに竹を張った建具を併設。「軽く拭くだけで何十年ももちます」。

この日の風干しは、いか、柳かれい、鮭(新潟の寒塩引き風)。


最近の人は調理力が落ちたわね、と肩を落とす辰巳さんですが「それでも家庭料理を守っていけるとしたら汁物(スープ)しかないと思うの」と語ります。
  「良い食材を伝える会」の会長でもある辰巳さん。日本全国の信頼できる確かな味を紹介し、応援しています。辰巳さんの朝食テーブルに毎朝登場するスーパーミールと呼ばれるミックスシリアルもその1つ。

「朝起きたらまずカップにこのシリアルを入れ、牛乳を加えてかき混ぜておくの。それから身支度を整えてテーブルにつき、バナナやりんごを刻んで混ぜ込んでいただきます。このシリアルは、えん麦や玄米胚芽など7種類の穀類でできていて、すべて国内産。これを食べ始めた方が、階段を楽に上れるようになったとか、高校の先生が生徒を叱らなくなった、とおっしゃいます(笑)。ビタミンB1やミネラルが豊富だからなのね」

この日の朝食のもう一品は、庭で育てている油菜を摘んできて先のつぼみの部分をさっとゆで、上質のオリーブオイルをかけたもの。

「春に小松菜や水菜、菜の花のつぼみをたっぷり食べると梅雨を元気で迎えられる気がします。つぼみの部分には花成ホルモンといって、ローヤルゼリーに匹敵するくらいの栄養が含まれているそうですよ。春独特の物憂さなんて、どこかへ吹っ飛んじゃいます」

とは言っても畑や広いテラスを持てない都会暮らしでは、野菜づくりや魚干しは難しそうです――。

「都会の方ほど意識して旬のもの、手づくりのものを食べていただきたいのです。魚の風干しも物干しを利用してベランダの片隅で作ることもできます。自分で作れば好みの塩加減にできますし、買ったものとは違う楽しみがあるものです。椎茸を干したり、魚を干したりする仕事は、ぜひお子さんたちとなさるといい。そして美味しいねと味わいを分かち合う。それが家庭の幸せの始まりだと思います。お子さんたちも、そうした体験は大人になってからもずっと忘れないものです」

辰巳さんの朝食。ガラスの青い皿の上が、庭で摘んだ油菜をゆでたもの。カップの中はスーパーミール(国内産のえん麦、ひきくるみそば、きな粉、小豆粉、玄米胚芽、小麦胚芽、胡麻)。手前の1人前のカトラリーセットも辰巳さんの考案。




辰巳家の玄関は2階にあります。西側にある外階段を上っていくとき、訪れる人の目をうばうのが、地面から3階のテラスにまでからみながら壁を覆っている植物の蔓。

「アケビなんですよ。3階の西側が私の寝室になっているのですが、コンクリートのベランダが西陽に焼けて、夏の夜はそれは寝苦しかったのね。水を何杯もまいて熱気を払って、それから寝ていたけれど、こんなことはやってられないわと思って(笑)。庭に自生していたアケビを階段の下から這い上がらせることを考えたの」

25年くらいになるというアケビは、年々繁みを増して辰巳さんのもくろみどおり通風性のある日覆いとなりました。毎年春にはやさしい色あいの花を咲かせ、夏には実がなります。西陽で暑いから、とやすやすとエアコンを使ってしまう生活の中からは、決して生まれてこなかったこの斬新な発想。その土地の自然をじっと観察し受け入れながら、生活しやすいようにと工夫していく知恵。

「アケビが難しいなら山芋もいいですよ。食べ残しの端っこを植木鉢に植えておけば芽が出るから、それをベランダに這わせればいい。秋にはムカゴ(実)も収穫して食べられますしね」

本の原稿執筆や、料理教室、講演など多忙な辰巳さんの息抜きは、趣味の聞香や庭山の散歩。「目には見えぬものだからこそ」光や風、空気などの存在を大切にされています。




廊下からリビングを眺めたところ。南に面した大きな窓からは、太陽光がサンサンと差し込むため、葦簾で光の量と差し込む距離を調節しています。建具も天井も板張り。「木に囲まれていると落ち着くから」。簡素な空間が好みという通り、光と風が主役のリビングです。
3階西側の寝室前のコンクリートを覆うアケビの日除け。これから夏になると葉が厚く繁り、西陽をさえぎります。

ご両親の金婚式のお祝い弁当の献立(金沢大友楼の主人の書)に、お母様の着物地で表装した額。リビングの暖炉の上に飾られています。

「香を聞くと、日常性が落ちていく、肩に背負っているものが下りるような気がします。まったくの別世界。だから忙しい人ほど香を楽しむ方が多いわね」。リビングにつづくダイニングルーム。
写真=後 勝彦
photo= Katsuhiko Ushiro
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